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今月の健康アドバイス
院長ごあいさつ
Dr.前橋の「診療日記」
今月の健康アドバイス
 「広瀬中佐」をご存じですか
「広瀬中佐」というのは文部省唱歌で、1923年(大正12年)から終戦まで、小学校で広く歌われていました。
「広瀬中佐」を知るきっかけ
私がこの歌を知ったのは、飯島 治先生の「要介護3・4・5の人のための在宅リハビリ」(医歯薬出版)を読んだことからです。
飯島先生は往診に行かれた先で、91歳の寝たきりの男性の方が、大きな声で「広瀬中佐」を歌っているのを聞かれました。そこで往診のたびに一緒に歌っているうちに、その方が起きあがれるようになったのを見て、たいへん驚かれたそうです。
私も往診先で歌ってみると、多くのお年寄りの方が覚えておられ、一緒に歌っていただくことができました。
驚くべきことに、脳梗塞や認知症で物忘れがひどく、ろれつの回らないような方でも、一緒に3番まで歌うことができました。中には「この歌、悲しいけど好きなんです」と涙を流す方もおられました。
「広瀬中佐」の歌詞
多くのお年寄りに感動を呼び起こす「広瀬中佐」とはどんな歌でしょうか。
歌詞は以下の通りです。
1 とどろ砲音つつおと飛び来る弾丸だんがん
荒波洗うデッキの上に
闇を貫く中佐の叫び
「杉野は何処いずこ杉野はずや」
2 船内くまなくたずねる三度みたび
呼べど答えず探せど見えず
船は次第に波間に沈み
敵弾いよいよあたりにしげ
3 今はとボートに移れる中佐
飛び来る弾丸たまたちませて
旅順港外うらみぞ深き
軍神広瀬とその名残れど
この歌のメロディーは、インターネット上で「広瀬中佐」で検索すると聴くことができます。
なつかしい記憶がよみがえる子供時代の歌
それでは、この歌がなぜこれほどお年寄りの方に喜ばれるのでしょうか。
飯島先生のお話では、以下のようになります。
すなわち、日本は終戦と同時に価値観が一変しました。それまで信じていた国家観が崩れ去り、「広瀬中佐」の歌も終戦と同時に顧みられなくなりました。
お年寄りにとっては少年時代を思い起こさせるなつかしい「広瀬中佐」の歌も、記憶の奥に封印されてしまったのです。
それだけに、久しぶりに聞いた「広瀬中佐」の歌は、きっと楽しかった子供時代をあざやかに思い起こさせたにちがいありません。
みなさんも、「うちの親もぼけたなあ」と言う前に、一度「広瀬中佐」を歌ってあげてはどうでしょうか。きっと終戦前に小学校に通っていた方は、覚えておられるでしょう。
また、歌をきっかけとして子供の時のことをお訊きになってはどうでしょうか。きっと新しい発見があり、会話が弾むことでしょう。
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